雨のいちにち

雨の一日だった。ほとんどの時間を家で過ごした。寝転がって本を読む。雨脚はゆったりしていて、読書には心地よい音を刻む。雨が休むには良質な環境をもたらしてくれた。今、夜の帳が降りて家々の灯が見える。疫病が与える緊張感は職場でもある。今日はそういうものから離れて、落ち着いた日を送れた。幸せなことである。

今日、主として読んだ本ではないが、以前に読了した平家物語が机上にある。たまに、拾い読みしている。よく紐解くのは木曾最期である。木曾義仲が好きだからである。平家物語は大きく三部に分けられる。一部は平清盛、二部は木曾義仲、三部は源義経が、各々主役級のポジションに就いている。それぞれに隆盛があり、そして等しく表舞台を去っていく。

思い入れがあるからだろうか。刹那の閃光のように輝いて消え去る義仲を、悲劇の人物だけとはとらえていない。一読者としては、そこでそんなことするから……と思うこともある。しかし、人生のお終いに、着いてきてくれた友が幾人もいる。それは、木曾義仲をそのままに受け入れてくれた他者がいることだから。

諸行無常の響きあり。

諸行無常、であるから、人生は素晴らしい。

余談だが、『平家物語』は欧米圏で、『The Tales of the Heike』と題されている。どうも好きになれない。『源氏物語』の『The Tales of the Genji』はそれでいいが。私的には『The Romance of the Genpei』と呼びたい。

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2 件のコメント

    • 常ならずですから、どこか寂しさを覚えます。祭りが終わった後のような。楽しいことはいつまでも続かないかもしれないけれど、辛く悲しい時間も同様にいずれ終わりがくる。両面性をとらえると、諸行無常だからあなたも幸せになれます。そういうふうに響いてきます。

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